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前回ここで『己が知らずの罪』について書かせていただきましたが、エネルギーの流れという、もう少し違った角度から吟味してみたいと思います。
まずは日常の食事についてです。これは霊性修行のある学びの段階では、特に気をつけたほうが浄化のプロセスを速やかに進めることができるでしょう。また、食事の場合は味覚になりますが、欲望=自我をコントロールできるか、目的に向かってどれほど真剣かという学びにもなります。
『多くの人が、「身体は神殿である」という言葉の意味を知りません。何のために神殿は建てられるのでしょうか? その中で礼拝されている神のためです。・・・身体はつかの間のものでしかありません。しかし、神殿を通じて神を見ることができます。身体を通じて、そこに内在しているアートマ(真我)を実現することができるのです。そうすることこそが人間の最大の任務です。このことを意識して、絶えず身体に気を配り、身体を保護しなさい。』
『食物を取り扱い、料理し、給仕する者の思考プロセスが波動として食物に取り込まれ、それによって食事の質が決まります。共に食事を採る者、場所、料理の容器、料理人や給仕人の心をかき乱す感情、これらのことがすべて、完成した料理を食べる者の性質と感情に微妙な影響をもたらします。インドの聖者はこのことを認識していたゆえに、霊的成長の各段階において、多くのするべきことと、してはならないことを規定しました。』(サイババ)
またサイババは、ある善良な人がレストランで食事をした後、そこにあるものを盗んで帰ったが、それは料理を作っている人が泥棒だったからだ、というたとえ話をして食事を必ずお祈りで浄化して食べる必要を語っています。そのようにある種のエネルギーが、我々の知らないところで介入し、それを取り入れています。
それではここで、もう少し具体的に、エネルギーの流れを追ってみましょう。
フェアトレードという取り組みがあるように、コーヒーなどある製品に関しては、子供も含め、奴隷のような扱いを受けて仕事をさせられている場合があります。そのため安価で手に入れることや富を得ることは可能かもしれませんが、この場合、働いている人の辛さのエネルギーが製品に入り、結果そのエネルギーは様々な形で取り込まれることになります。
肉食が良くない一つの理由は、殺されるときに動物が憎しみや苦しみを感じるため、その想念のエネルギーが入るからといわれています。チベットでは、自分が殺した動物の肉は食べてはいけないというような制限をつける場合がありますが、『アバター』の映画でもありましたが、動物を苦しませないで一撃で急所突くことがとても大切になります。
EUでは、2012年から鶏のケージ飼育が全面禁止になるそうですが、ケージなどで飼われていることによってストレスを感じている動物のお肉を食べることで、ストレスのエネルギーを取り込むことになります。
このようにして、知らず知らずのうちに我々は最終的にそのようなエネルギーをたくさん吸収してしまいます。
また、会社の飲み会などでは、よく愚痴大会が始まる場合が多いと思いますが、食べているときの想念も影響を与えます。
『ものを食べているときにあなたが悪い想念にさいなまれていると、摂取している食物にその想念が作用して、結果としてあなたの心に影響を与えます。』(サイババ)
このようなことを書くと何を食べてよいか分からなくなってしまう人もいらっしゃると思いますが、実際には人間はかなりタフに出来ているのでそれほど神経質になる必要はありません。
ここでもう一つ大切なことは、そのようにエネルギーの流れが様々な形で起こることが真実ならば、逆もまた真なりだということです。食べ物を頂く過程で、愛に満ち溢れた人が関与したら、それはとても大きな恩寵になります。聖者マハルシは自分のアシュラムに来る人たちの食事を作るのを手伝っていたと言われていますが、イエスキリストがパンを分けあたえたように、霊性修行を目指す人たちからしたら、それをいただく者はとても幸せなことだということが分かります。
余談ですが、私が神社で働いていたとき、「神饌(神様に捧げる食べ物)を神殿に供えることができてはじめて神主として認められる」と教わりました。つまり、食べ物に関するネガティブなエネルギーを浄化できなくてはいけない、ということです。
ですので、家庭で食事を作る人たちは、「全く,私だって疲れてるのに」とか「テレビゲームばかりしないで、勉強しなさい」など不平不満のエネルギーを発して料理を作っている場合は、それを食べた人は、不平不満を言いたくなりますし、言うことをますます聞かなくなるようなエネルギーを自分で与えていますので、食べる人たちの幸せを祈って、愛情を持って料理をしたほうが良いでしょう。純粋に料理が楽しいという思いも素晴らしいですね。
食べるものに関しては、仕事や年齢、育った環境、体質、目的などで変わっていきますので、自分に合った食べ方、食べ物を見つけるしかありません。ちなみに私は基本的には天皇の食事の仕方を勧めています。天皇は普段は一般家庭の人よりも質素な食事をしています。しかし、晩餐会などでは豪華な食事をいただきます。つまり、普段は質素で腹八分、何かの集まりの時にはみんなと楽しく宴ですね。
これらのことは食事だけではなく、すべてのことに当てはまります。例えば政治家ですが、政治家は民衆によって選ばれます。一部の人たちは自分たちの利益が前提のため、選ばれた政治家は当然利権に絡みますし、その結果多くの人たちにしわ寄せが行きます。
税金も不平不満を持って払いますので、そのような金銭は不平不満を生み出すような使われ方が行われ、結果税金を払いたくなくなるような流れになるというように、負の連鎖が続いていきます。
商売も同じで、例えばある商品が一万円だとした場合、お客さんがそれに対して「料金が高すぎる」「サービスが悪い」「商品が悪い」など不平不満を伴った払われ方をした場合と、感謝や喜びの思いで払われた一万円では大きな差があるのです。
裁判は分かりやすいと思います。一般常識からすると理解できない損害賠償を勝ち取る場合がありますが、例えば損害賠償が1000万円の場合、払う側が納得できず憎しみを持って払っている場合は、その憎しみのエネルギーも一緒に受け取ることになります。さまざまな要素が絡み合いますので一概には何とも言えませんが、賠償金に関するエネルギーの流れとしてだけで見た場合、払う側が500万円で済んでラッキーだったと思っている場合は、憎しみのエネルギーが全く流れない500万円のほうが圧倒的に本人には良いと言えるでしょう。
霊性修行を行う人たちは、自分の行為がどのようなエネルギーを発してなされているか、またどのようなエネルギーを受け取っているか注意することが必要です。しかし、あまり神経質になると、がんじがらめになって何もできなくなってしまいますので、まずは気づくこと、そして愛や思いやり、感謝には浄化する力があり、自分にはその力があることを信じて、愛のエネルギーを広げていってほしいと思います。