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鏡の教え

 十種神宝御法の教えは、『沖津鏡』『辺津鏡』という鏡の教えから始まります。まず『沖津鏡』とは、スピリチュアルな学びでよく言われている『全ては自分を映し出す鏡である』という教えです。つまり、『気付き』です。よく「あの人さえいなければ、会社はもっと楽しいのに」とか「息子(娘)は全然言うことを聞かない」と言いますが、そう言っている(自分が原因だと気付かない)間は、常にそういう状況に置かれるという事です。

 『全ては自分にあって、他にはない』のです。

 ですから、自分の価値観によって人を変えようとする事は、顔に付いた泥を落とすのに、鏡に映った自分の顔に付いている泥を拭くようなもので、何も変わりません。自分が変われば周りが変わる、という真実を理解することが、自分の成長に大いに役立つのです。自分の身の周りに起こることは、自分を成長させてくれる為に、自分の良い事も悪い事も映し出してくれる鏡なのです。ですから、どうしても一人や二人、嫌な人がいるものです。その事についてある人は、『あなたを成長させる為に敢えて憎まれ役を演じる美しい魂たちがいる』という言い方をします。そういった人たちがいてくれるお陰で、我々は成長できるのです。

 鏡の教えとは、自分を映し出す鏡(か・が・み)を見て、我()を取り、神(か・み)になるというものです。

 つまり全ての人たちは、最も基本にして究極の行を、今いるところで行っているのです。

 また神は自分を成長させる課題だけでなく、その答えのヒントも授けている事に気付いてください。皆に意地悪をするような嫌な人から、全く被害を蒙らないような人があなたの周りにいませんか?そういった人たちは自分が意識しているかどうかに関わらず、いるだけで答えを示しています。得てして、何を考えているか分からないように映るかもしれませんが、そういった人たちは 既にその学びを終えていることが多いのです。また、アメジストを身に付けると、この教えを実践することを助けてくれる言われています。

 そして、あまりに辛くて耐えられないという人たちは、その場を離れて新たな場所で、新たな人たちと学びを始めるという選択を取るという方法もあります。それは逃げではありません。山の頂上に行くには、いくつもの道があるのです。自分が登りやすい道を選べばいいだけのことです。ただし、新しい環境に一歩踏み出すには勇気が必要かもしれません。もし自分に勇気がないと思う方は、赤い服を着てみたり、赤い食べ物を食べたりしてみてください。モーツァルトのピアノ協奏曲第20番ニ短調はあなたの意欲を掻き立ててくれるかもしれません。


 そして『辺津鏡』とは、『沖津鏡』で美しくなった自分の輝きが、何処までも果てしなく行き渡ることです。つまり、『沖津鏡』をマスターすれば自然に付いてくるものです。その人たちは、いるだけで周りの人を癒し、幸せにしていくでしょう。

 以上が伯家神道に伝わる鏡の教えです。この教えを、イエスキリストは『汝の敵を愛せ』という行為で教えました。孔子は『自分がされて嫌な事は人にするな』と教えました。


 『結局のところ、この世の中は、愛を知る為の旅なのです。』

 どうせ旅をするなら、鼻歌でも歌いながら、楽しく、優雅に行きましょう。