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自由意志

 この宇宙の絶対原則に、自由意志があります。私たちはこの地球で自由に創造することが許されているのです。そしてその自由意志を高次元の存在は原則として全て認めているのです。もし神が我々の自由意志を認めなかったら、二元性の中で学びをして成長するということができませんし、これほどまでの多様性を経験する事もできません。私たちは自分の価値観で善悪を判断しがちですが、ある人たちは自分の善に基づいて、悪を排除すれば世の中は良くなると思っています。しかし善を知る為には悪が必要です。悪がなければ善は存在しません。そして自分を知るためには、自分でないものが必要です。

 また多くの人達が等閑にしていますが、この自由意志には必ず責任が付きまといます。このことを理解するのにカルマの法則があります。撒いた種は自分で刈り取らねばならないのです。ですから未来は決まっていません。我々が自由に創るのです。必ず当たる予言はありません。今年も夏が来て冬が来ますが、それは宇宙のサイクルです。マヤ暦も予言ではなく、もっと大きなサイクルを表した暦です。つまり冬は必ず来ます。しかし、その冬を暖かい部屋で過ごすか、家もなく寒い野外で過ごすかは我々が決めていくのです。

 神は私たちの選択を常に尊重します。ですから例えば、ある人に二つの選択の道があって、その人の成長には右の道が最も相応しいのに、左の道を選んだとしたら(厳密に言えば、そこにも必ず必要な学びが存在しますが)、高次元の存在はその選択を尊重し、右の道に戻る道を常に用意していきます。これは人間としては、凄いパワーのいることです。何故なら、どうしてもそこに身近な人であればあるほど人としての情が入ってしまうからです。イエスキリストのように『神よ赦し給へ。彼らは自分が何をしているのか知らないのだから』とはなかなか言えないものです。

 成長のプロセスは自分で気づき、判断して、道を選び、行動することです。時として人は自分で選択する責任を放棄して、高次元の存在に道を聞こうとしますが、だいたい『あなたは何がしたいのですか?』となります。それは、神々は我々の成長を心から望んでいるからなのです。

 それでは相手の自由意志を全て認めなくてはいけないのか、と言ったら、全てを認めて地球が滅んでしまったら元も子もありません。この境界線が難しいところです。

 しかしこれは私的考えですが、人間はほんのちょっとだけお節介ができる存在だと思います。例えばある人にとって必要だと思われる本があったとしたら、強制的に読ませるのではなく、軽く勧めてみたり、見える所に置いておくことはできるわけです。そして実は高次元の存在はこのような形で、多くのメッセージを送ってきます。先ほどは意識的に取った行動ですが、さりげない友人の一言とか、テレビや本で聞いた言葉という形で。
ダライラマは『自分が一番未熟なものとして人と接する』という謙虚さを持っていますが、これらのメッセージを受け取るにはこの謙虚さが必要です。神は常にメッセージを送ります。そのメッセージを受け留めるか、受け留めないかは我々の自由意志です。ですから神のメッセージを受け取る為には、自分が尊敬する人の言葉のように、周りの人からの言葉を聞く事は非常に大切な事だと思います。そして自分の自由を求めるのなら、人の自由を認めるという事も。