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感謝をすること、このことが本来の信仰の土台であると私は思っています。私が神主として学んでいたとき、その感謝を食事のたびに捧げることを教わりました。その習慣はとても良いと思いますので、ご紹介致します。
感謝の捧げる対象を三つに分けます。
@天地(あめつち)の御恩
食べ物の語源は『賜りもの』です。天地自然=神様からの恵みです。私たちは天地自然の恵みを受けて生かされているということ。例えば、お米は人間が作るのではなく、稲という植物が、太陽や水を含んだ大地等によって育まれていきます。人はあくまでもそのお手伝いですね。
A社会の御恩
私たちが頂く食べ物や身の周りのものは、多くの人たちの働きによって存在しています。顔も名前も知らない多くの人たちの働きなくして、我々の生活は成り立ちません。車一台には何百人もの人たちが関与しているでしょう。子供のころ、『お百姓さん、ありがとう』と言ってご飯を食べた記憶がある方がいらっしゃるかと思いますが、そのように社会の人々に対して感謝を捧げます。
B親先祖の御恩
今生きていると言うことは、当然、親先祖があってのことです。スピリチュアルな世界では、親が子供をただ産んでいるのではなく、子供が親を選んで産まれてくるという説がありますが、それならば尚更のこと、と言うよりは自然と感謝の思いが湧き上がってきます。
この三つの御恩を、ご飯を噛みながら、一つ一つ感謝していきます。そして一粒も残さずに食べます。
話が変わりますが、日本人の主食はお米ですね。稲(いね)の語源は『命(いのち)の根(ね)』という意味です。神話には天孫降臨に際し、天照大御神が『吾(あ)が高天原にきこしめす斎庭(ゆにわ)の穂を以て、また吾が児(みこ)にまかせまつるべし』と高天原(神の国)から稲穂を与えたと記されています。
また、神様に捧げる食べ物を神饌(しんせん)と言いますが、この神饌には捧げる順番があります。伯家神道では一番目がお米、二番目がお酒です。お酒も材料はお米ですね。
そしてお米は神事にも使います。有名なのは地鎮祭のときにお祓いとして土地にお米を撒きます。結婚式のときのライスシャワーも『お米は豊作と子孫繁栄の象徴としての願いが込められている』とのことですが、もっと深い意味があるかもしれません。
しかし最近は、女性にとっては大問題のことですが、『肥満の大敵、炭水化物』としてお米を扱っている人が見受けられます。ここで話を戻しますが、お米を神からの賜りものとして感謝を捧げて食べる場合と、肥満の大敵・炭水化物として食べる場合とどのような違いがあるでしょうか?
たとえ話として、ある人を紹介されるとき、
Aさんは「この人はとても素晴らしい人で、多くの人から信用されています。」と言い、
Bさんは「この人は全く人から信用されていないから気を付けてね」と言ったとしましょう。
その人が「あなたの言葉には、人を癒す力がありますね」と褒めてくれたとき、Aさんから紹介された人は、その言葉を喜んで受け入れるでしょう。しかし、Bさんから紹介された場合、その言葉の裏を探ろうとしたり、聞き流したりしてその言葉を素直に受け入れないでしょう。それほど我々の思い(マインド)は、同じ状況を全く違う受け取り方へと変化させます。
実際に医学の世界では、患者に全く効果がない偽薬を飲ませても病状が改善してしまうプラシーボ効果という言葉があります。そのように、肥満の大敵としてお米を食べたとき、お米の恵みを純粋な形で全て受け取れないでしょう。勿体無いですね。
すべてがうまくいく「やすらぎ」の言葉の著者ルイーズは肥満について次のように語っています。『原因は人生への恐れに対しての保護を求めている。肥満と戦うのは時間とエネルギーの無駄です。ダイエットには効果がありません。やめたとたんに体重は元に戻ります。自分を愛し、認め、信頼し、内なる力を知って安全を感じることが、私の知っている最高のダイエットです。』
そして「ありがとう」という感謝の言葉は水の結晶を美しくするように、食べ物に含まれている水分の結晶も勿論美しくします。つまり感謝を捧げた時点で、食べ物自体がある種の変化をしているわけですね。当然その食べ物を口にする者たちにとって、プラスとなる変化です。心からの感謝を日常の中で数多く捧げることができる人は、人生をより一層美しいものへと変化させていくことができるでしょう。