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呼吸法に関して、二人の聖者は次のように言っています。
「解脱にいたるにはプラーナヤーマ(呼吸法・調気法)による。プラーナヤーマは、呼吸の静止をもって完成する」(パタンジャリ)
「いにしえのヨギたちは、宇宙意識の秘密が、呼吸の制御と密接な関係にあることを発見した。これは、インドが人類の知識のうえにもたらした不滅の貢献である。ヨギは、呼吸を不必要にする独特の技法によって、ふだん心臓の鼓動を維持するために消費されている生命力を心臓から解放し、この解放された生命力を、霊的進化の促進というより高い目的のために利用するのである。」(スリ・ユクテスワ)
実際には呼吸法はインドの専売特許ではなく、私が教わった伯家神道も「息の行」が中心でした。その基本が息吹永世(いぶきながよ)というものです。文字通り、呼吸によって永遠の世を生きるという意味ですが、永遠の世とは長寿を意味するのではなく、本来は悟りの意味で、真我=本当の自分は、時間と空間を越えて存在していることを知ることになります。つまり、悟るための呼吸法です。この呼吸法をマスターすれば、本当の私とは普遍意識であることを知り、その中で体験する創造のプロセスを知ることで、現象界は夢に過ぎないという聖者の言葉が疑いのない確信へと変わっていきます。
また、まことに残念なことですが、このような体験が全て悟りと勘違いしている方が多いのも現状です。今は悟りに関する本やサイトが多いですので、それを見ることによって、マインドでそのような体験を作り出してしまうこともあります。たとえマインドが生み出したとしても、「聖者の言葉は本当だった」と知り、なお一層、謙虚さと真摯な態度で霊性修行を進める場合は、その体験は貴重な宝となります。しかし聖者たちが言っているように、瞑想や臨死体験などのときにだけ体験できる一時的なもの、つまり、来ては去っていくものは普遍の真理ではあり得ませんので、真我実現を目指す方々はそのことを忘れずに謙虚に学びを続けていただけたらと思います。
かつて私が習っていた行法でも、「最終的にはこうなる」と言ったがために、次からほとんどの人がそのように振舞ったことがありました。それほど我々のマインド=自我は抜け目がないものです。私が師(グル)の必要性を伝えるのも、そのようなときに、「それは違う」と指摘し説得できるからです。また阿蘇山などの霊山なども、悟りへ大いに貢献してくれますが、阿蘇山は「それは違う」と指摘してくれないですので、どうしても一般的には師が必要になります。
話を戻しますが、聖者アンマは、「現代人は昔の人たちと比べて、健康さと忍耐力がないため、適切に呼吸法を行うことができない。また行う場合は師の直接の教えが必要である」と言っています。
ただ、これは私の考えですが、日本の伝統的な教えである伯家神道では、息の行と十種神宝御法が中心となります。十種神宝御法は神への明け渡しの行法ですので、自分で行う行としては、息の行が主となります。霊性修行は国や時代によって適したものになっていきますので、伝わっている行法から見て、日本人には息の行が合っているはずです。
伯家神道では、神と一つになるために神息拝受というものがあります。神はエネルギーですので、そのエネルギーを食べていく=(息を吸い込む)ということをしていきますし、ひたすら息を吐き出し穢れを体外に出すなど(※神社で見たことがあると思いますが、日本では昔から形代(人の形をした紙)に息を吐き出すことによって穢れを清めていくことをしています)、呼吸を通じで行っていく行法のオンパレードです。
このようなことを書くと、すぐテクニックとして知りたくなる方もいらっしゃると思いますが、基本は丹田呼吸法ですので、それを行っている場合は、自分が習った、もしくは今行っている呼吸法で十分だと思います。ただ、一つだけアドバイスが出来るとしたら、その呼吸法を座ってやるのではなく、立って行うことがポイントです。人体は座るより、立っているほうが気の流れが圧倒的にスムーズに流れます。また、立つと意識が飛びやすいですので、気を失って倒れて怪我をしないように注意して下さい。ちなみに、私は意識が飛んで倒れたとき鼻を折ったことがありますので、あくまでも自己責任でお願いいたします。
ただし、上記のアンマの言葉が正しいことも事実で、悟りに向かうための呼吸法はある程度浄化が進んでから行うのが霊性修行のプロセスです。無理に呼吸法でプラーナ(気)を巡らせようとすると、偏頭痛など体の一部が痛む場合があります。また、乗り物酔いのような、酸欠のような感じになったら、すぐに座って休むことをしてください。焦って進めると体に負担がかかりますので、自分のペースで進めていただけたらと思います。時間も1回10分もやれば十分だと思います。
ここでは、呼吸法のやり方よりも、呼吸法の大切さを伝えることを主としていますので、自分の行っている霊性修行を見直す手助けになれば幸いです。