電話でのご予約・お問い合わせは

TEL.050-1234-8889

ワンネス

 スピリチュアルな学びを進めていくと、『全ては一つである』と教わったり本で読んだりすると思います。『私とは誰か?』、『汝自身を知れ』が私たちの大切な学びですから、相対的な世界では私を知る為に、私でないものが必要になります。つまり、自分と他人ですね。真我と自我(エゴ)とも言えますが。
 通常我々は肉体・心を自分と思っています。スピリチュアルな学びをしている人たちは、それだけではなくオーラや魂も含むかもしれませんが。そこで自分の肉体の一部、例えば足を捻挫したとか、腰が痛いとか、胃が痛いといった場合、明らかに自分の一部と感じている為、そこを治そうとします。勿論、失恋をしたとか仕事や家庭のストレスといった心的問題も、自分以外の所為にすることはあっても、自分に関わる問題として対処すると思います。

 しかし、霊的修行を続けていくと、古の教えが真実であると知る時が来ます。『本当に全ては一つである』と疑いなく実感できる瞬間がやってきます。『私以外には何もなく、もし私がないとしたら全ては無である』と、『私が今体験している現実は私が創りだしたものである』ということが分かります。今までは自分の肩や足を自分の一部と感じてきたように、森羅万象が無限の神(=私)の体の一部であると、それぞれが役割としてあると理解できます。
 また、平和を求める前に、先ず自分の心が平和であることが大切であると分かります。そして全ての人間は愛そのものであることも。
(※これから、このような体験をする人々が増えていくと思いますが、これは悟りの前段階に過ぎず、二極から一元の門に立っただけであります。自分にまだエゴがあると感じる場合は、常に謙虚に精進して頂きたいと思います。)

 このことが少しでも理解できると、悪と呼ぶもの、波動が低いものを切り捨てることができないことが分かります。病気や怪我をしたところを闇雲に切り捨てることがないように。
 また独占や奪い合いも、自分と他人が別々なものであるという思いから生まれることが分かります。勿論、分離感があってこそ、自分とは誰か知ることができるので、必要な学びをしているということであって、善悪では判断できません。

 しかし、全ては一つであるということは幾ら言葉で言われても、やはり自分で体験しないことには分からないことだと思います。リンゴを食べたことがない人たちに幾らリンゴの説明をしても、実際に食べないことにはリンゴの味が分からないように。そこで、そこに至るまでの前段階として、『全ては一つである』という思いを『全ての生命は繋がっている』と考えること、もしくは個々に存在していると思っている存在達と『一体感』を感じることは、とても大切であると思います。

 私の個人的な体験ですが、地球(大地ガイア)と密接に繋がることによって、あらゆる生命との一体感を感じることができます。そして一人でも多くの人たちが、この一体感を感じることができれば、その体験は集合意識に反映されますから、多くの人たちも知らず知らずのうちに、その一体感を感じやすくなります。